ダーリアンダイアリー

わたくしダーリアンの感じたことを、文字や写真、絵などで表現していきます。

8/1 @散歩

 

 

ミズキの実の上の方が 赤くなり始めた。

 

相変わらずに、川の横は涼しくて気持ちのいい匂いがする。風邪と音と匂いに包まれる。

 

ヨモギも僕の背丈よりはるかに高くなってきた。

 

今日の風と日光は、寝起きで少し火照った僕にはとてもちょうどいい感じだ。

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赤とんぼの赤。太陽の光を背中から浴びて、濃く、どこか"透明感という言葉の響き(いわゆる透明感は無いがピュアな感じ?振動とか響き)"を感じさせる。

 

写真にしてしまうと、陳腐になる気がするし、言葉にしても、そうなるときがある。要は納得できるかどうかだ

ここは、もっと努力したいところ。

 

 

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田んぼに若い栗の実が沈んでいた

 

 

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水滴を捕まえた蜘蛛
蜘蛛の巣に捕まった水滴

 

 

ウツギの実は、赤くなるやつは赤くなり、膨らむやつは膨らんで、枯れて行くやつは枯れていった


まだオタマジャクシが泳いでいて、どこか安心する自分がいた。

 

いろんな色、形、拡がり方を持つヨモギがいる。赤やオレンジに紅葉したもの、葉を一枚ずつつけるもの、四股になって伸びていくもの、青みを帯びた、強そうなもの。

いろんなやつが、いるんだ。

 

 

僕は「しゃがみ込んで初めて見える世界」が好きだ。

 

歩いてちゃいけない、そう思って、そう身体が反応したみたいに僕はしゃがんだ。頭で考えるより、身体が先に反応した。

 

しゃがみこむことで、同じ目線になれて、いろんなものと出会っていく。

 

君はフキだ!まだ土から顔を出したばかりのフキを見て、心の中で発見した喜びとともに叫んでしまった。けれど、彼のこれからの未来、可能性を決めつけ、提示?思ってしまうことに、何か違和感を覚えた。

僕も、嫌だからだろう。君は未来の科学者だ!とかなんだとか、もっとわからないものに満ちていてほしいと、そう思っているからだろうか。
だから、僕は言い直す。
君はきれいだ 。

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こうなってしまったら、もう、ね、なんていうか、そういう世界に入ってしまう。
目に入る全てが、愛おしくって。もちろん僕も同じくらいに。僕はそれを浴びるだけの、人になってしまうみたいだ。


セリの茎の模様が好きだ。茎が三又になって、その養分とか水とかが流れ渡る、その拡がりが好きだ。それを僕はうまく言葉にできない。だけど、たとえそういう時の言葉があったとしても使いたく無い。そういう感じの好きだ。

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すごく葉っぱはかっこいいのに、なんて美しい花を咲かすのだろうか。そういうギャップとかに、弱いかもしれない。
なんて甘い色をしているのか。

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なんてちょうど良い葉っぱ、それから花、茎、芽、色、かたち、模様、揺れ方光の受け取り方をしているのか。
なんで、ちょうど良いと、感じてしまうのか。

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深い、人間のシワと同等の深みを持つ。
全く生き方や時間は違うけど、深みは同じようなものを持っていた。

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地衣類にばかり目がいっていたが、
木自身の肌に触れた。どんな質感をしているのか、柔らかさ、暖かさ、冷たさとか。木肌と水が混ざるような、湿気をまとい、柔らかさを持ち、そこにいてくれる。次はどんなものが、君と僕との間で起こるのか。


シダが真上を向いて、伸びている。
いつも垂れてるイメージだったから、新鮮で、違う一面をみれた気がして、嬉しくなる。

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地衣類に目をやるときに、僕はなぜだか呼吸が変わる。ゆっくりと、呼吸をしてしまう。

 

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きのこ、こけ、ちい

この木を飾り彩るものに、なぜだか惹かれる。

 

 

もう8月か 

7/19メモ 東京から帰ってきて

一個一個が、食事や散歩、水汲みなどが、本当に良すぎるというか。


彼ら の存在を感じて、その中で食べている、歩いている、水を汲んでいる。


はぁって。

 

土を踏むこと、匂いに包まれること、太陽を浴びること、冷気を感じること、鳥の声川の音を意識すること、草木が揺れていること、光を浴びていること、空があるということ。

そういうことに、意識を向けられるということ。

  

自分の経験と、そこで起こっていることの化学反応。

 

これがオリジナリティになる。大切にしたい部分。


であるから、まずはその起こっていることを認識する、あることを認めることが、大切になる。

 

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拡がり (写真多め)

柳の木を見上げていたら、なぜだか急に笑顔になってしまって、込み上げてくる感情を認識した。愛おしさのようなもの。触らずにはいられなかった。

 ぼくと柳との関係が、また1つ生まれだ日だった。

 

 

 

いろんな葉っぱが顔を出し、それに花がつき、気づいたら実がなっている。
君は、こんな花をつけて、こんな実をならすのか!って、ほんの少し知れた気がして、嬉しくなる。
1日の間に大きくなるものや、全然変化がないもの。
もっと彼らと、時間を共にしていこうと思う。

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花は綺麗だ。花には、いつの間に咲かせたんだ!とか、まだ咲かないのか!とか、そういうことを思わされる。そして、どんな花でも美しい。

 

だけど、花だけが美しいのではないと思う。なんていうか、その植物の成長と共に形や表情を変えていく様や、その流れとか、露をつけたり夕暮れに染まったりする様、てんとう虫に歩き回られるヨモギの姿の様な、他の生物との関係によって在りようが変わる様など、彼らの生、営み自体が、美しいと思う。

僕にとって、君たちがいることが、美しいことなんだ。

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自分の中の花

四方八方に葉や根を拡げ、四方八方にタネを飛ばす。この拡がりはとても美しいと思う。その拡がりが、僕にとって広義の花だと思っている。地衣類も、そうなのかもしれない。

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だから僕の絵は、花のような草木のような、拡がるもの、つまり広義の花、僕だけの花がモチーフになっているのだと思う。

僕は絵を描く行為の中で、拡がりを描きたいんだと思う。

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大好きな歌 花~すべての人の心に花を~ が聞きたくなる。

心の中に〜心の中に〜花を咲かそうよ〜♪

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明るく広く

僕の名前は明広。

明るく広い心をって、両親からもらった名前。これが、生まれてから史上最高のプレゼントだと思っている。

すごく自分の名前が好きだ。

 

恒星が光るように、明るく暖かく、広がっていく氣がして好きだ。 

爆発してるみたいな、花のようだ。

宇宙は真っ暗が広がってきた。

明るく広がっていくものは、なんなのだろう。探していきたいなって、思っている。

明るく広い心も持ちたいし、

明るく広がっていきたい。

明るく広い何かを、僕を、追っていきたいと思う。

明広になりたい。明広でいたい。

僕が思う、明るく広いものを、生きたい。

 

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僕は拡がりに興味がある。

今の暮らしとあれやこれ

メモを取ってあったのを、ざっくりと乱暴に書いてみた。

 

今の暮らし 6/15


僕は今岩手県のとある土地に住んでいる。湧き水からなる川と森に挟まれていて、小屋や畑、田んぼ、池、林、藪があるような、そんな環境だ。

大学を卒業して、縁あってここに来た。

就職もせずに、フラフラ迷い込んで来た。なぜ就職しなかったかというと、したくなかったから。素適な、僕にあった会社などは探せばいくらでもある気がする。けど、しなかった。何か(経済?お金?)を回していくことに、面白みを感じなかった。自分にとって、日本、世界、地球にとって、何かいい流れが生まれること。それが僕にとっては面白いことなんだと思う。
お金については、僕はまだ考えられていない。生活するためには、少なからずお金が必要なのは、たくさんの人から言われるし、僕もそう思う。実際、お金は便利だ。あるといい。ただ、自分でそれを生んでいくとなると、うまくできない。アルバイトもあんまりいいなって感じた職場はない。数えるほどしかないけど。
お金のためにとかではなく、やってることにお金がついて来てくれたら、嬉しいなと、能天気に思っている。今はほぼほぼ貯金はない。
僕が作ったフォトブックのドネーションと、先日のアースデイにアーティストとして参加した謝礼+ワークショップでいただいたドネーションだけ、ある。
あとは、僕が描いている絵を何かしらで貰っていただいたら、お金が増えるかもしれない。

普段の生活は住むところと食べ物を提供してもらっている。有難い。


こんなことをしていると、いろいろ感じたり考えたりする。そういうのをダーリアンダイアリーには書いていきたい。

ちなみに、今日思ったことは、ここは情報が多すぎるということ。
僕が弱っている(と思っている)ときには、うわぁーってなる。僕が僕のことを頭で認められていないとき、1人になりたいのに、1人になれない様なもの。人はエネルギーが強すぎると言うかもしれないが、そんな感じになる。

(生命の)存在を認識したくないと思う。でも、僕は漠然とここにいる。この土地の活気に身を包まれることを選択している。

でも、どんだけ落ち込んでいても、嫌とは思えない小川の流れる音や、鳥の声虫の声、風の音がしてくる。

そんな風に、過ごしている。

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隙間を生きていく?

大豆や陸稲を植える時に、すごい数のミミズが出てるくる。
小さい多足類とかミミズとか、彼らは土に吸い込まれる様にしていなくなる。それをみて、彼らにとってはそこに隙間があって、潜るあるいは隙間を進むのではないかと思った。
隙間を生きていく…
僕も同じなのかもなと。
第三者からしたら、道ではないところに、僕は隙間を見出し、そこに潜るあるいはそこを生きようとしているのかもしれないと。
人と同じ様になりたくない感はずっとあって、誰かが同じこと(行動だけでなく)をしていたら、それをやりたいなんて思わない。それに似た何か だったりする。
似た様なものの隙間を、進みたいんだと思う。

...うーん、
いや、そうじゃないんだ。そんなことどうでもいい。僕は僕のど真ん中を生きていきたいんだ

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なんか、この葉っぱのように生きたい。

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いただきますという言葉 6/18

僕はいただきますをする時に、たまに長く瞑想をする時がある。
いろいろなことを考えたり、無心になったりなんだけど、最近よく考えることがある。
それは、食材となったものは全部が全部生き物であり、彼らの命を、生きたであろう時間を、僕のこれからのエネルギーとしていただくことになる。そして、そのエネルギーを、僕はどう使っているのか、どう使っていきたいのかということ。そんなことを考える。

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今僕は、岩手のとある土地で、ろくにお金も稼がずに生活している。最近は絵を描いている。こんな僕でいいのだろうかとか、こんなエネルギーの使い方でいいのだろうかとか、思ってしまう。何かもっと…って。
別にやってることがダメとかじゃなくて、彼らに恥じないように、やってることに自信を持てたらと思う。今は探している感覚がある。言い聞かせるように、問い続けられるようにしたい。

 

僕は人間だから、そう考えてしまう。

 

彼らの命を僕の命(エネルギー)として使うのならば、どうせなら地球をもっと素適と思えるような、みんなで思えるようなことをしていきたい。地球からいただいた生なのだもの、地球に生命に、渡していきたい。

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『あなた達の命を、私たちの命として、いただきます』
徳島県神山町で教えてもらった、いただきますのフレーズ。

まさしくそうだ。
けれど、言葉にすることで、意味を持たなくなる気がしてならない。感じたものを言葉にすることに意味があるのではと思う。
つまり言葉を口に出すだけでは、あまり意味のあることでない気がする。

想いが乗っていないからなのかな。
例えば、"いただきます"のフレーズとして言葉が存在していて、それを言うだけでは違う気がする。別に正解がある話ではないのだけれど、僕は、できるだけ"言葉"に、自分の思いを込めて、あるいは自分の思いがこもった"言葉"を使っていきたいと思った。

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ねむいな。おやすみ。

みどり

日に日に姿を現してくる数えきれない緑色を目にし、僕はどうしようもなくなる。

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何もできない僕自身に対しても、どうしようもなくなる。

 

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絵だけは描こうと思った。

 

 

メモ 2017 6/5

僕は、吹っ切れたいのかもしれない。


僕は好きな人がたくさんいる。
比較とかもなくて、素敵な人が、愛おしいと思ってしまうような人が、たくさんいる。たくさん出会えて来た。なんて喜ばしいんだろう。好きになる行為は、とっても気持ちが良いのもあるし、本当に素晴らしいことだと思っている。これは、僕の中ですごく大切なこと。好きな人は、これからもどんどん増えていくのだろう。好きな人は好きな人のままで、ずっと僕の中に存在していて欲しい(生きていて欲しい)。そんなことを思う。


いま特に好きな人は、付き合っている人がいる。それらをSNSで見てしまう時、すごく、心がぎゅっと、狭くなるようになる。喉が痛くなる。
けど、すぐにそれは変化して、モチベーションに変わる。はずなんだけど、今回は変わらないかも。そういう好きだったみたいだ。もっと、この気持ちを、一言に言えば、悲しい?みたいな気持ち?んーもう、一言では言えないけど、こういう気持ちを僕に叩き込みたい気がした。
もっと、絶対的な何かで、僕の行く手を遮って欲しいのか。そっちの方が、いい気がするんじゃないか。今までの熱を、一気に冷やしたい。蒸気とともに、シューって空気に溶けて欲しい。それを、感じたい。
でも、感じたくない。でも

 

いま僕は、吹っ切れたいのかもしれない。

 今日はもう1つ吹っ切れたことがあるから、そのノリなのかもしれない。

 

ただ、僕はあの人が好きだ。けど、好きだからこそ、離れたい。離れないと、なんかもう、キツい。
あなたの幸せを、心から祈りたい。けどその前に、僕の幸せを心から祈りたい。いや、掴みにいきたい。


丸裸な生身の僕になり、誰のものでもない、誰も愛そうとしない僕が、どんな僕なのか知りたくなってきた。


僕は僕がわからない。
でも一生わからなくていい。
その代わり、ずっと僕と一緒に生きたい。

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はぁ

気持ち良さと切なさ

踊子草が、黄色くなっていた。


日中もカエルの声がする。
とても嬉しい気持ちになった。
お昼にも彼らの存在を確認できる、
認識できること。
それが僕の中で彩りに変わり、
嬉しく思ったのかな。

 

桑野葉っぱは本当に不思議な形だ。
この変化を見ていたい。

 

草刈りをして、代掻きをしたお山。
それもまた美しかった。
気持ち良いのが当たり前で、
その先の気持ち良さを探そうとしている僕。

なんて贅沢なのだと思ってしまう。

 

風や小川の流れる音、鳥のさえずり、草木と太陽、桑の実の形、藤の紫、育つ稲。

 

空を見上げれば、岩手山が少し顔を出し、青空に映える雲が壮大だ。

 


美しくって、たまらない。

 


こうやってその場に立ち止まるだけで、

僕はたまらなくなる。

立ち止まるからこそ、

歩きたい方向がわかる気がした。

 

僕は座り込む。
ミクロな視点がたくさん見えてくる。
気づかなかった存在や営みに出くわす。
これも僕には大切なこと。

 

 

でも、なぜか切ない。

 

 

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photo by dali