ダーリアンダイアリー

わたくしダーリアンの感じたことを、文字や写真、絵などで表現していきます。

自然に対して

 

僕らは自然に対して、人間のいいようにできる、管理できて制御できて所有できるという見方を知らず識らずのうちに持っていたり(そのような周り、環境下にいたり)、まず眼中になかったり、するように思う。
だからなのか、草刈りがされていなかったり、伸びたいように伸びていたり、放置された藪などを目にした時、嬉しく思う。僕らの生きている時間とは違った"自然の流れ"的なものに触れた感触があり、ああ、やっぱり僕らには彼らのことは理解できなくて、彼らの時間が存在しているんだ。とか、僕らはそろそろ思い上がるのも程々にしなくては!なんて思ったりする。

そしてそんな彼らと僕は同じ時間を共有していて、今ここで彼らと顔を合わせられることを嬉しく思う。

 

https://www.instagram.com/p/BeNDcaOlm0P/

時間だけが作れる空間にいたロゼットさん#ロゼット #rosette #nature #naturelovers #leaf #leaves #leafs 久しぶりに管理されてない時間を感じた。このままいってくれ!と思った。


人は誰しも自分の世界というものに知らず知らずのうちに入り込んでしまうと思っていて、そんな中、彼らの存在を認識した時、自分1人の世界から抜け出せられるように思う。そしてそれは、同じ世界(時間、空間)を共有している感を生むと同時に、少しだけ世界に彩りを与えてくれる。

 

こんなことを思ったりする。

お米を作った話2

お米を作った話 - ダーリアンダイアリー 続き

 

種の成長 

種を蒔いた苗床は田んぼに浸ける。

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暖かい空間にするために、ミニビニールハウスを作った。触覚をつけてみた。

大量に湧き出た湧き水を池を通して田んぼに落とす。できるだけ温めるために、ゆっくりゆっくり、ちょびちょびと。

 

https://www.instagram.com/p/BT2ZaCPlqHD/

お米が育つ。僕にとって、とても意味のある育ち。#ああ水 #稲 #稲作 #rice #nature #naturelovers #iwate


そしてお米は、ゆっくりゆっくりと成長していく。

とても嬉しい。

お山の土地では、お米作り以外にもいろんな体験する。それに伴い僕の未熟さを感じまくる日々が続く。

稲達の成長を見ながら、自分もゆっくり成長していけていたらいいなって思った。

気づいたらお米粒が稲っぽくなっていた。

 

 

代掻き

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耕運機を使って代掻きをした。

ひたすら田んぼをドロドロになるまでかき混ぜる。自分もドロドロになる。しかしながら一種の瞑想のように、精神が静まる感覚があった。

 

今では珍しいけれど、この田んぼには裸足で入れる。だからなのかより田んぼに近づける気がした。足の裏から伝わる泥や石の形、質感、温度などは、なんとも言えない良さがある。特に泥から上がったあとの足裏のすーすー感はなんとも形容しづらい良さがある。

 

 

田んぼの景色

 

代掻きや田植え付近の田んぼには、田んぼらしく水が満たされる。水が張った田んぼには、夕焼けや星空、虹だって写った。

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(下を向いて歩いていた時、田んぼの水面に変なものを発見した。ん?虹?空を仰ぎ見ると本当に虹(彩雲?)が浮かんでいた。)

 

田んぼに少しづつ僕の時間が入り込んでいく中、ついに田植えが始まった。

いつも見ていた景色に、僕が育て(育つのを見届け)植えた稲たちが入り混じる。

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田んぼはいろんな景色をつくっていった

 

 

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 田んぼの景色と、僕の感情が入り混じる

 

 

田んぼに住むいきもの達 

徐々に稲は成長し、知らない間にいろんな生き物が姿を現し始めた。

カエルから始まり、昔憧れたゲンゴロウミズカマキリなど、"里山に住む虫"みたいなのに代表されるやつらと出会うことができた。

本当にいろんな生き物がいて、嬉しい。

いろんな生き物がいることは、僕には嬉しいことだと知った。

 

 

 7/10メモ 

イトトンボが羽化している。

ぱっと見8匹。

尻尾を出す瞬間は、つるっと?ごそっとの間のような感じで、結構力を使うんだろうなって思った。
そして、とてつもなく無防備だと思った。
殻を破るとき、つぎのステージに行くときはひ弱で無防備なのかもしれない。

静かに待つ、時間に身をまかせるような姿。自分の呼吸はゆっくりと静かになっていた。


焦ってはいけない。


悠々と目の前を飛ぶ、他のイトトンボがいたとしても、目の前で飛び立って行ったとしても、焦ってはいけないんだ。グッと堪える。彼らには、この時間はどのくらい長いものなのだろうか。

水中を覗くと、まだたくさんのヤゴがいて、顔を出そうとしている。その時を待つかのような容姿には、熱い眼差しを送ってしまう。僕だったら、どれだけ怖いのだろうか。


僕はとても緊張した、緊迫した田んぼを見たのは初めてだった。

 

目を離した隙に、一匹が飛び立っていってしまった。その姿?晴れ姿?ぼくが待っていた姿?を見逃した!!って思ったけれど、近くにもどっち来てくれて、今ぼくの目の前で羽を乾かしている。嬉しくなる。

 

橙色のイトトンボと、水色のイトトンボが、対面していて、まるで道で右に避けるか左に避けるかが重なってあわあわなっていふ人のようなすれ違い目撃した。笑ってしまった。
同じイトトンボ同士でも、見つめ合いながらぐわんぐわんした後にすれ違うから、挨拶みたいなものなのかと思った。でも、笑ってしまう。
コミュニケーションなのかもなーと思う。

蛍の幼虫がいたり、ゲンゴロウ、オタマジャクシ、マツモムシなど、里山(≒田んぼ)の風景に出てくる生き物が、ここにいてくれることに、すごく嬉しい気持ちになる。ごめんねって気持ちも、そこにはある。(そういう田んぼが減少しているから)だからこそ、"絶望があっての希望のような"(もうちょっと言葉を出したい)、嬉しさが湧いて出た。

こういう、田んぼを、増やしたい!!
そう思った。
僕のちっちゃい頃、憧れていた里山。田んぼが、ここにある。

生き物たちの時間が、たくさん見られるように、いっぱい彼らが生きられるように。

 

 生きるとはどういうことか

など考えてしまう僕にとって、

ただひたすらに生を全うしている(と思われる) 彼らの姿は、刺激的である。

ヒントが隠されていそうで、彼らに答えを見出そうとしてしまう。

 

 

草刈りは辛いよ

この土地では除草剤などは使用していないため、いろんな草達が次第に広がっていく。芽吹きから見ていた僕にとっては驚きであり嬉しいことだ。そしてどれも美しかった。これを道の確保などのため、刈らないといけないのは、正直心が痛い。

https://www.instagram.com/p/BYvAM9tlJpJ/

流石に草刈りできなかった。ここにいてもらおう。草刈り中に見惚れさせないでくれ。でもそんなのばっか。惚れやすいのかな。#nature #naturelovers #flower #green #iwate

 

 

田んぼも例外でなく草は生え、刈る方向性である。田んぼの中は主に、矢尻と呼んでいるオモダカやセリ、藻みたいなやつ、浮き草などが勢力をつける。

こいつらはどんな花を咲かすのだろうかと思うと、なかなか手ごわい相手になる。

しかしひょんなことから、このオモダカと藻(セリは川にもあり普通に食べている)を食べてみようか!という話になった。オモダカは炒め物、藻はモズクの酢の物風に。

 

 

 

イケました笑

 

 

 

田んぼでは厄介者な奴らを頂けるなんて!!すごい発見だ!!ということで草刈り兼収穫が流行りました。有難いことです。

 

ここでまた新たに思ったことで、田んぼは稲だけを育てるものではない!ということ。オモダカや藻、トンボ、ホタル、いろんないきものを育てる。そして稲以外にも食べられるものを育てていて、田んぼをまた1つ感じられた気がした。

 

 

ぼくも育っているのだろうか?

 

 

続く

太陽のもとで思う

今日はとってもいい天気

コーヒーを飲みながら、リゾートバイトで訪れている奥飛騨の寮の前で太陽を浴びている。
風も音も匂いも、僕を穏やかな気持ちにしてくれる。

僕はノートに今の気持ちをだらだら書くことが癖であり、それは中学の頃から続いている。
今日も太陽に誘われて手が動いた。


近頃(と言っても学生の頃から割と)よく思うことがあって、僕が大切にしたいことは、なんなのだろうか? ということ。
決めつけないで、ゆっくり探して行きたいと思っている。

 

最近ももっぱら この"大切なこと"を探っているみたいだ。
ノートに思いを書くことは自問であり、探る行為なんだろう。

 

 


ノートに書いた言葉を、残しておこうと思う。


あたたかい太陽のもと、良い休日を過ごしている。太陽が、あったかい。きもちがいい。本当に。こういうゆっくりした時間を過ごすことに、全力を使いたいと思った。

何か、緑とか空気とか太陽とか、香りや音、雨とか、そういうものを感じられる、機会をつくりたいと思った。カフェ的な空間ではなく、機会。生き急ぐことなく。決して同じではないけれど、同じように流れている今を。

ゆったりとした時間を、別に僕らがわざわざ提供することもなく、今そこにあるものを楽しめるような。

その心の持ちようが僕には大切で必要で、一緒に気持ちよくなったり悲しくなったり、落ち込んでみたり、自分から溢れる気持ちを感じ(楽しめ)られたら、良いだろうなぁって思う。


僕は好きな人がたくさんいるのだが、
好きな人とそういうものを感じられたら、振り切れてしまうだろう。もうそれで十分だと思ってしまう。
ああ、なんて最高なんだろうと思ってしまう。生きるっていいなって思ってしまう。想像だけでも…いい気がしてしまうほどに。

僕は身勝手だ。勝手に思い耽り、満たされている。こういう満たされ思いふける時間を増やしていけたら、態度にも現れて、いい感じにリアルな人と人との関係が築けるのではないだろうか?と少し妄想する。


僕の人生は本当に幸せである。

 

蟻や蚊や蜘蛛が僕の目に映る。
僕(だけ)の時間から、彼らと共にしている(生きている)時間に取って代わる。それが僕をもっと幸せにする。

 

 

僕は今、幸せを提示したい。


未来がどうであろうとも、「僕は今、幸せだ!」と叫びたい。
僕は今こう感じこう思い、ここにいる。そんなことを叫びたい。幸せを叫びたい。
作家 遠藤一郎さんのライブペイントでの「俺たちは生きてるんだ」って言葉(だと思う)を思い出した。


「僕はここだと叫ぶのさ」
大好きなMONGOL800 の Love song って曲の歌詞も思い出す。


Ricky-G は、「語りきれない日々を歌で記そうか」と言う。
僕は、この幸せな気持ちを何で記していこうか。絵や写真、言葉、いろんな表現方法で、僕の生を出していきたい。
出して出されて君を感じたい。僕を感じたい。

今を生きることを喜びたい。
共に喜べる仲間と、もっと出逢い、喜んでいきたい。そんなことを思う。
僕の気持ちを分かち合い、あなたの気持ちを分かち合う。そうやって、今を生きていることを喜びたい。
そういうことがしたい。それがいいんだ。それでいいんだ。

 

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生きるとは、なんて最高なんだ 

 

3/3 

お米を作った話

 

4月からのお山生活で、僕はお米をつくっていた。このお米づくりを通じて、本当にたくさんの喜びを味わうことができた。なので今回はそのことについて書きたいと思う。

 

お山の土地では、耕作放棄地を再び田んぼにしてから10年目であった。無農薬無肥料で、自分たちが食べるぶんだけ育てる。育たなかったら買おう!を合言葉に始めたらしい。

 

僕は田んぼというものに昔から憧れを抱いていた。名古屋育ちで自然があんまり無かった&たまに行くキャンプなどの自然体験に特別な楽しさを感じていた、ということで自然が好きな自分にとって、田んぼはいろんな生き物がいる"魅力が詰まった場所"という印象だった。

当時カエルを捕まえることが好きで、田舎に遊びに行った帰り際、「カエルが呼んでる!!」なんて言いながら田んぼの前で駄々をこねていたらしい。

 

そんなこんなで、憧れだったお米づくりに期待しつつ、僕とお米(田んぼ)との日々が始まった。

  

 昨年の片付け

お米づくりの最初に取り掛かったのは、昨年度のはせの片付けと、稲わらをいかつい刃物でジョッキンジョッキン刻んで田んぼに撒く作業。

特に稲わらを刻む時の手応えが気持ちよい。

そしてなにより断面がとても綺麗だった。

 

https://www.instagram.com/p/BTOf9ovlPii/

お米を育てる準備#稲藁 #藁 #稲 #米 #お米 #田んぼ #断面 #彩 #彩り #rice #green #colorful #nature #naturelovers #iwate

なんて綺麗なんだろうって、何度も思ってしまった。

また、微生物が分解して行く途中かなとか、土に還るのかぁとか、次のお米に繋がって行くんだろうなぁなどと想像し、その存在と、彼らが持つその流れに、美しいと思った。

 

 美しさにはいろいろあって、できるだけ多くの美しさを感じられたら、なんて思った。

なんか陳腐に聞こえるかもだけど、"美しさ"の中身をちゃんと感じていきたいと思っている。

 

米粒を触る

昨年度のお米を種もみとして使えるものに分ける作業。

発芽しやすい種を見極めるものだ。 

たらいに湧き水をいれ、塩をがばっと入れ、生卵がどのくらい浮くかで塩加減を確認して、軽い種を浮かせる。

なるほどーと感心しながらお米を触る。

浮いてしまった種が多くて、少し悲しくて残念な気持ちになった。

この種たちがどんな成長をするんだろうか!なんて思いながら沈んだお米を分けていく。

 

そんなに米粒を触ったことがないからか、そんな些細なことも新鮮で、実は嬉しかったのを覚えている。

 

 

種を撒く

これもまた楽しかった。

ふつうは育苗センターなどに任せるらしく、苗床をつくったりはしない。がここは違う。できるだけ自分たちの手でやるんだ。

土を敷いて水をかけて固めて、種蒔き機でチャラチャラ、パラパラして、覆土する。

 

だいぶ端折ったが、このパラパラとした音を僕は愛らしく思った。

湿っていて割と締まった土に種が落ちる小さな音。

一粒一粒が音を発して散らばっていく。

僕は変態なのだろうか、お米粒が奏でるメロディーを聴いて、無性に嬉しくなってしまう。

これはまだ言葉にできない感覚だが、新しいこの感覚を嬉しく思った。

 

今思えば、種一粒一粒にもちゃんと重みがあって、そのあたり前だけど実際体感しにくいものを感じられた喜び?頭ではわかるけど身体を通して感じること=体感できたことが嬉しかったんだと思う。

https://www.instagram.com/p/Bct67Uylz9N/

雪の上になんとも暖かそうな集団がいた。彼らが着地したであろう雪上に凹みがあって、綿毛の重さなのか暖かさなのかを見ることができた。#seeds #snow #nature #naturelovers #綿毛

多分このとき感じた感覚に似ている。

君にも重みがあるんだと、ちゃんと目の前にいて、土や雪と関係しあっていること。それ故に僕の中で彼らの存在が色濃くなったこと。これがなんとも言えない嬉しさを生んだのだろうか。

 

 

続きは

お米を作った話 2   で🌾

お米を作った話2 - ダーリアンダイアリー

18.1.16 ニート生活

お山生活を経て、今は実家で絶賛ニートをしている。

 

そんな生活をしていると、働きたい欲 みたいなものがうまれる。人の役に立ちたいというか、そんな欲求がうまれる。

 

ニート歴1ヶ月も経っていないけれど、

なかなかにメンタルがやられる日々を過ごしている。

 

https://www.instagram.com/p/Bd9fyujFMUq/

そんな姿見せられたら…ってなる#nature #naturelovers #green #leaves #leafs

 

僕は植物が好きで、よく写真を撮っている。

けれど、何もしていない今 (いや、絵を描いたりご飯食べたり生活しているけど…) に自信がない僕には、煌びやかに、美しく僕の目に映った彼ら(植物=自然)を前に、さらに自信を無くす状態に陥っている。

 

 

好きな友達と電話していても、楽しいはずなのに、

「そんなに優しく喋りかけないでくれ。
そんなに楽しそうに話さないでくれ、僕は、今とても醜いんだ。」

なんてメモをしてしまうくらい、落ちてしまっている。

 

 

でもそんな中、SNSは良いなぁって思うことがある。

例えば 僕の好きな坂爪圭吾 さんのブログは、僕を良い感じにしてくれる。

なんていうか、彼の言葉、そして生き方そのものが、僕に安心感を与えてくれているような気がする。

大げさにいったら、彼の言葉を通して、僕が大切だと思うことに気づくことができる。

 

 

 

いろんな情報やいろんな人たちの生き方を見ていくと、僕の忘れかけていた熱さみたいなものが垣間見える瞬間がある。そういう熱さを、僕は今大事にしたい。

最近わかったことは、自分は、出し惜しみしたくないと思っているということだ。

自分を楽しませることに出し惜しんでいる自分をダサく思う。

だから、せめてこのぐちゃぐちゃした頭の中を、このブログを通して出していけたらと思っている。

 

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 自分をもっと出していこうと思う。

 

 

改めて、ダーリアンダイアリーをよろしくお願いします。

8/1 @散歩

 

 

ミズキの実の上の方が 赤くなり始めた。

 

相変わらずに、川の横は涼しくて気持ちのいい匂いがする。風と音と匂いに包まれる。

 

ヨモギも僕の背丈よりはるかに高くなってきた。

 

今日の風と日光は、寝起きで少し火照った僕にはとてもちょうどいい感じだ。

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赤とんぼの赤。太陽の光を背中から浴びて、濃く、どこか"透明感という言葉の響き(いわゆる透明では無いがピュアな感じ?振動とか響き)"を感じさせる。

 

写真にしてしまうと、陳腐になる気がするし、言葉にしても、そうなるときがある。要は納得できるかどうかだ

ここは、もっと努力したいところ。

 

 

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田んぼに若い栗の実が沈んでいた

 

 

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水滴を捕まえた蜘蛛
蜘蛛の巣に捕まった水滴

 

 

ウツギの実は、赤くなるやつは赤くなり、膨らむやつは膨らんで、枯れて行くやつは枯れていった


まだオタマジャクシが泳いでいて、どこか安心する自分がいた。

 

いろんな色、形、拡がり方を持つヨモギがいる。赤やオレンジに紅葉したもの、葉を一枚ずつつけるもの、四股になって伸びていくもの、青みを帯びた、強そうなもの。

いろんなやつが、いるんだ。

 

 

僕は「しゃがみ込んで初めて見える世界」が好きだ。

 

歩いてちゃいけない、そう思って、そう身体が反応したみたいに僕はしゃがんだ。頭で考えるより、身体が先に反応した。

 

しゃがみこむことで、同じ目線になれて、いろんなものと出会っていく。

 

君はフキだ!まだ土から顔を出したばかりのフキを見て、心の中で発見した喜びとともに叫んでしまった。けれど、彼のこれからの未来、可能性を決めつけ、他者の僕から未来を提示?してしまう、そう思ってしまうことに、何か違和感を覚えた。

僕も、嫌だからだろう。君は未来の科学者だ!とかなんとか言われても、嫌だっ!となる。もっとわからないものに満ちていてほしいと、そう思っているからだろうか。
だから、僕は言い直す。
君はきれいだ 。

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こうなってしまったら、もうなんというか、そういう世界に入ってしまう。
目に入る全てが、愛おしくなる。もちろん僕も同じくらいに。僕はそれを浴びるだけの、人になってしまうみたいだ。


セリの茎の模様が好きだ。茎が三又になって、その養分とか水とかが流れ渡る、その拡がりが好きだ。それを僕はうまく言葉にできない。だけど、たとえそういう時の言葉があったとしても使いたく無い。そういう感じの"好き"だ。

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すごく葉っぱはかっこいいけど、こんな美しい花を咲かすのか!そういうギャップとかに、弱いかもしれない。
なんて甘い色をしているのか。

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なんてちょうど良い葉っぱ、それから花、茎、芽、色、かたち、模様、揺れ方光の受け取り方をしているのか。
なんで、ちょうど良いと、感じてしまうのか。

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深い、人間のシワと同等の深みを持つ。
全く生き方や時間は違うけど、深みは同じようなものを持っていた。

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地衣類にばかり目がいっていたが、
木自身の肌に触れた。どんな質感をしているのか、柔らかさ、暖かさ、冷たさとか。木肌と水が混ざるような、湿気をまとい、柔らかさを持ち、そこにいてくれる。次はどんなものが、君と僕との間で起こるのか。


シダが真上を向いて、伸びている。
いつも垂れてるイメージだったから、新鮮で、違う一面をみれた気がして、嬉しくなる。

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地衣類に目をやるときに、僕はなぜだか呼吸が変わる。ゆっくりと、呼吸をしてしまう。

 

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きのこ、こけ、ちい

この木を飾り彩るものに、なぜだか惹かれる。

 

 

もう8月か 

7/19メモ 東京から帰ってきて

一個一個が、食事や散歩、水汲みなどが、本当に良すぎるというか。


彼ら の存在を感じて、その中で食べている、歩いている、水を汲んでいる。


はぁって。

 

土を踏むこと、匂いに包まれること、太陽を浴びること、冷気を感じること、鳥の声川の音を意識すること、草木が揺れていること、光を浴びていること、空があるということ。

そういうことに、意識を向けられるということ。

  

自分の経験と、そこで起こっていることの化学反応。

 

これがオリジナリティになる。大切にしたい部分。


であるから、まずはその起こっていることを認識する、あることを認めることが、大切になる。

 

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